Gressive Premium vol.05 Saxon Watch Story 時計店の常識を逸脱した 開放的で快適な空間演出
元印刷所だった建物にブティックを作ることになり、工藤氏は日本国内で古いドイツ・ハイデルベルグ社製の活版印刷機を探し出して購入。フルレストアされたこの印刷機は、その気になれば実際に印刷することも可能だという。
熱心なオーディオ愛好家でもある工藤氏は、放送局や録音スタジオで用いられるスチューダー社のアナログ・テープレコーダーを購入。ジャズ名盤のアナログ・マスターテープ(のコピー)を米国から取り寄せ、それがブティックのBGMに使われている。
工藤氏の言うように、確かにモリッツ・グロスマンの魅力は伝わりにくい。ベーシック・モデルの「ベヌー」や「アトゥム」は、時計の知識を持たない人には、ただのシンプルな時計にしか見えない。だが、そこにはグラスヒュッテで培われた時計作りの伝統と、モリッツ・グロスマンに集う時計師たちにより開発された革新的技術が、“これでもか”というくらいに詰め込まれている。それこそが工藤氏をして“これを最後のブランドにしよう”と決断させた理由だった。
このモリッツ・グロスマンの奥深い魅力を表現するステージであるブティックは、文京区小石川という常識からははずれた場所にある。
「はじめは銀座や青山を考えたのですが、条件に見合う物件がなく、断念せざるを得ませんでした。そんな時、たまたま巡り会ったのがこの場所。最初は半分冷やかしで見に行ったのですが、外観を一目見て“ここだ!”と直感しました。何より、この場所の素晴らしい“気”に惚れ込んだのです」
この物件と出会ったことで構想は一気に動き出す。建物が印刷所であったことから、ドイツ・ハイデルベルグ社の古い活版印刷機を探し出して設置し、欧米から調度品を調達。時計を飾るショーケースはドイツ本社から図面を取り寄せ、日本国内で製造した。
その中でも私の目を引いたのはソファ。それは英国伝統のチェスターフィールドと呼ばれるものだが、素材は麻布(あさぬの)。これがブティックの工業系インテリアに、程よい“軽さ”をもたらしている。
こうして小石川に完成した世界初のモリッツ・グロスマン・ブティックは、重厚でクラシカルなウォッチ・ブティックの常識から大きく逸脱した、心地よく開放的な空間。そこに時計が展示されていなければ、モダン家具のショールームかお洒落なカフェにしか見えないだろう。
だがそこは、世界有数の高度な技術が投入されたハイレベルな時計が並ぶ、時計愛好家にとっての新たなサンクチュアリ(聖域)なのである。
伝説の時計師 モリッツ・グロスマン
1826 年3月27日、ザクセン王国の首都ドレスデンに生まれたモリッツ・グロスマンは、ドレスデン工科大学の前身である技術教育学校を優秀な成績で卒業し、16歳で時計職人としての修行を開始。この過程で現代のA.ランゲ&ゾーネやグラスヒュッテ・オリジナルの始祖であるフェルディナント・アドルフ・ランゲと親交を結ぶ。
やがてグロスマンは修行の旅に出て、アルトナ(現在のハンブルク)、ミュンヘンを経てスイスのラ・ショー・ド・フォン、イギリス、デンマーク、スウェーデンを巡り、腕を磨く。1854年、ドレスデンに戻ったグロスマンは、グラスヒュッテで時計産業育成に尽力するアドルフ・ランゲに懇願され、この地に工房を設置。そこで精密な計測器や高精度なマリンクロノメーターを作りつつ、グラスヒュッテきっての理論家として活躍。それが時計師を育成するドイツ時計学校の建設へとつながったのである。
取材・文:名畑政治 / Report&Text:Masaharu Nabata
写真:堀内僚太郎 / Photo:Ryotaro Horiuchi
※掲載されている情報は2015年4月のものとなります。
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モリッツ・グロスマン・ジャパン
〒112-0002 東京都文京区小石川4-15-9
TEL:03-5615-8185
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