High complication watchesハイコンプリケーション“実用化”の謎を追う。 02

　実用性を高める手法として、必須機能を加えてきたのがA．ランゲ＆ゾーネである。同社は誕生10周年を迎えた機械式デジタルウォッチ「ツァイトヴェルク」にデイト表示を加えた。単純明快な実用化ではあるが、これを実現するために多大な手間がかかっているという。

　A. ランゲ＆ゾーネが数字ディスク式の機械式デジタル腕時計「ツァイトヴェルク」を発表したのは2009年のことである。この時計の凄いところは、時ディスクと2枚の分ディスクという計3枚のディスクを瞬時に回転させる事にある。機械式時計はゼンマイが発生させる微弱なトルクを、上手に使うことが求められる。そのため巨大なディスクを同時に動かすということだけでも、極めて困難なミッションなのだ。

　しかしA. ランゲ＆ゾーネでは、「ツァイトヴェルク」にとどまらず、2011年には正時と正15分に音を鳴らす「ツァイトヴェルク・ストライキングタイム」、2015年には「ツァイトヴェルク・ミニッツリピーター」、そして2017年には、正時と正10分に音を鳴らす「ツァイトヴェルク・デシマルストライク・ハニーゴールド」へと、より複雑な進化を遂げてきた。

　果たして10年目の進化はどうなるのか？　愛好家はさらなるハイコンプリ化を期待したことだろう。ところが10周年の節目を飾るのは、意外にも実用的なカレンダー機構を加えた「ツァイトヴェルク・デイト」であった。なぜランゲは実用的な進化を選んだのか？　A. ランゲ＆ゾーネ 商品開発ディレクターであるアントニー・デ・ハスに話を聞こう。

「2009年に『ツァイトヴェルク』を発表したときは、正直、ここまで人気が出るとは思っていませんでした。しかし熱心な時計愛好家が支持してくれ、様々な意見のフィードバックもあった。その中でデイトを加えようという方針が生まれました。しかしアウトサイズデイトを組み込むほどのスペースはありません。さらにはデイトを動かすためのトルクをどうやって捻出すればよいかなど、解決すべき課題はいくつもありました」

　完成した「ツァイトヴェルク・デイト」は、ケース径をオリジナルより2.3mm大きい44.2mmに拡大し、生じたダイヤル外縁部のスペースにデイト機構を組み込んでいる。ダイヤルを囲むガラスリングの上で1～31の数字が抜き文字となっており、赤いマーカーが入ったディスクが回転することで、本日の日付を赤で表示する仕組みになっている。つまり4枚目のディスクが追加されたのだが、これらをどうやって動かしているのか？

「なるべく小さな力で時計を動かすことで、トルクの余力を増やしました。まずは香箱（動力ゼンマイ）を2つに増やしました。さらにテンワを小さくして、軽やかに動くようにしています。力のロスを減らすために、輪列の間に力を貯蔵するシステムを組み込み、10分おきに輪列に力を加えるシステムを取り入れています。こうすることで、ゼンマイがほどけてトルクが減少した際も高精度を維持できるのです。さらには、72時間のロングパワーリザーブ化も実現させました。こういった時計を求める愛好家は、当然他の時計も持っていますから、金曜日の夜に時計を外しても、月曜の朝まで動き続けることは重要だったのです」

　数あるA. ランゲ＆ゾーネの時計の中でも、ツァイトヴェルクコレクションは、極めて嗜好性の高いモデルであろう。しかしそれでも実用性を尊び、ユーザー目線で時計を開発する。

「デイト表示が加わったため、時刻修正の方法も新しくしました。これまでのモデルは12時間式の時ディスクをリュウズで回して時刻合わせをしましたが、『ツァイトヴェルク・デイト』はデイト表示が関係するために、何時間分もディスクを回さないといけない。これはかなり骨が折れる作業なので、4時位置のプッシュボタンを押せば、時ディスクがジャンプするようになっています」

　細やかなエネルギーマネージメントを行う繊細な技術を開発する一方で、ユーザーの日付修正の手間に対しても真摯に向き合う。それはコンプリケーションであっても実用性を無視してはいけないのだという、強い所信表明でもあるのだ。