PARMIGIANI FLEURIER時計純粋主義者たちを唸らせた究極のミニマリズム「トンダ PF マイクロローター」と「トリック プティ・セコンド」 03
PFが堅持する“Way of Life”=プライベート・ラグジュアリー

テレーニ氏の述べるパルミジャーニの「プライベート・ラグジュアリー」からは一歩も二歩も次元を超えた至高の作品が、毎年ミシェル・パルミジャーニ氏の誕生日である12月2日に発表されるアートピースだ。2024年の作品名は「ラルモリアル・レペティシオン・ミステリューズ」。作品名に付けられた“ミステリューズ(Mystérieuse)”=“秘密の”という意味は、時刻表示が極めて控えめな形でケースバックに設置されていることであろう。むしろこの時計の真価は“聖堂の鐘”=カテドラル(cathedral)ゴングによるミニッツリピーターと、ギョーシェ、エングレービング、エナメル加工を担当した3人の熟練職人による至芸の域を堪能できることにある。このような技術のハーモニーの背景には、かつて“ファベルジェの卵”を修復したミシェル・パルミジャーニ氏の存在を抜きに語れない。
本記事の冒頭で、私は「派手な製品展開が繰り広げられる昨今の時計界では、理知的なパルミジャーニ・フルリエは損な役割を担っている」と書いた。だが、2000年以降から続いたこの潮流にも10年ほど前から少しずつ変化が見られ、最近の時計界では一種の揺り戻しというか「クワイエット・ラグジュアリー」という言葉が聞かれ始めている。個人的な印象だが、新型コロナウイルスのパンデミック時期と時を同じくして登場した言葉のように思える。世界的な自粛、巣篭もり現象で人前に出ずにひとりでいる時間が増えたことと、何か関係があるのかもしれない(個人レベルでの勉強・研究時間が充実したらしい)。なお、パルミジャーニでは1996年の創業時より自らを「プライベート・ラグジュアリー」と呼び、昨今の「クワイエット・ラグジュアリー」とは厳格に区別している。この違いは何だろうか。
「『プライベート・ラグジュアリー』とはこれまでもずっと存在してきた概念で、これからもずっと在り続けるものです。これに比べて『クワイエット・ラグジュアリー』はトレンドです(流行り言葉、という意味と思われる)。トレンドはいつか消えますし、いずれ新しいトレンドが来てそれに取って代わられます。まず、そこが違いますね」
「クワイエット・ラグジュアリー」とは、所詮“消えもの”に過ぎず一時的なトレンド・ワード。一方「プライベート・ラグジュアリー」とは永遠に存在し続ける不動の概念、とテレー二氏は厳然と区別している。
「また、『プライベート・ラグジュアリー』は自分のために、自分が楽しむために身に着けているラグジュアリーを示すと思いますね。そこに他者の目は関係ありません。自分の豊かさを見せびらかすものではありません。洗練されたものを身に着けるのが本当のラグジュアリーです。ラグジュアリーに成熟していること、これはどれだけ理解していることかであって年齢ではありません。レッドカーペットで周りの者に見せるためのことでもありません。見えない所、気付かれない所でも自分のラグジュアリーを通すこと(姿勢)ですね。ギラギラした、見せびらかすことの逆です」
つまり“Way of Life”ということ。さらに時計ブランドがこの姿勢を表明するためには、自ら製作する時計は単に過去の模倣であってはいけない、絶えず進化しなければならないと彼は言う。これまでの時計界においてもテレーニ氏はこの点において厳しい意見を持っている。
“リノベーション”ではない、“イノベーション”こそ時計進化の要
「1990年代の時計を見ていると、過去の時計のリノベーション(修正)ばかりなんですね。10個あったら9個は過去に存在した時計を少し修正して、それを発表しているのです。それは進化とは呼べません。過去からインスピレーションを受けることは良いのですが、それをリノベーションという形にするのではなくイノベーション(進化)させなくてはなりません。
時計界においては、時に進化を拒絶することがあります。例えばクォーツにおいて精度は上がりましたが、ラグジュアリーの世界においては進化とは呼べません。メカニズムという点での進化が必要だと思います」
つまり、機械式からクォーツへの変化はプライベート・ラグジュアリーにおいては進化とは呼べない。あくまでも機械式でのイノベーションがラグジュアリーにおける進化と呼べるという考え方だ。
「また機能の再発見も大切です。クリエイティブでありながらいかに時間を見せるのか、というのが大切です。例えば『トンダ PF GMT ラトラパンテ』は、伝統的な機能を使いながらも新しいGMT機能を見せるという工夫をしました。このようなことがイノベーションだと思います。
それで美的な面での進化というのもあると思います。ミニマルなデザイン、その中でもステッチなどを進化として取り入れています。今回のトリック・コレクションのストラップのステッチですが、これはナポリのスーツ仕立てからインスピレーションを得ました。ですのでラグジュアリーを尊重しつつも、新しいムードを創造し進化させました」
2022年のウォッチ&ワンダーズ ジュネーブで発表された「トンダ PF GMT ラトラパンテ」は、GMT機能にラトラパンテ=スプリットセコンド・クロノグラフを組み合わせた独創的な機構を搭載している。第二時間帯の表示が必要のない時(母国に居るとき)は時針とGMT針は一体化し、その外見は普通の2針時計にしか見えない。しかし海外へ出掛ける際にはGMT時計に早変わりする。やがて帰国時には普段の2針時計に戻る機能を、わざわざ“ラトラパンテ”と呼ぶ理由を、テレーニ氏は、
「“ラトラパンテ(Rattrapante)”というフランス語は“追いつく、再会する”という意味があります。これを英語では“スプリットセコンド(Split second)”と訳しますが、意味は“針が別れる”。確かに2本の針は分離しますが、どちらかというと“ラトラパンテ”には“別れる”というよりは“再会する”という意味が強いのです」
と説明した(2022年のインタビューより)。これをテレーニ氏は、出張で海外に出た夫婦の一方が、やがて帰国後には邂逅しひとつに戻るというロマンティックな解釈で説明した。この解釈もイノベーションのひとつなのだろう。
一見すると懐かしい時代を想起させる面も持つ、パルミジャーニ・フルリエの時計。しかし絶えず進化(イノベーション)することを忘れない、真のラグジュアリーブランドであることを1996年の創業以来、実に控えめながらも確固たる意志で今日も主張し続けている。それを理解し受け止めること、これは我々の知性と感性の問題になる。
取材・文:田中克幸 / Report&Text:Katsuyuki Tanaka
撮影:江藤義典 / Photo:Yoshinori Eto(TOP PAGE)
協力:パルミジャーニ・フルリエ・ジャパン / Thanks to:Parmigiani Fleurier Japan
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