A. LANGE & SÖHNE6年ぶりの東京で語ったあの人物の意志を継ぐランゲ哲学 03
ランゲ初のステンレススティールケース
「オデュッセウス」誕生物語
2019年10月25日、大型台風が続いたこの秋に、東京ではその後のA.ランゲ&ゾーネにとって強力な台風へと発達する新コレクションが発表された。「オデュッセウス」である。ホメーロスの叙事詩『オデッセイア』の主人公であるギリシア神話の英雄の名前が付けられたこの新作は、ランゲ初のステンレススティール(SS)製ラグジュアリー・スポーツ(スポーティ)ウォッチ、通称“SS製ラグ・スポ”ウォッチとして厳かに発表された。
SS製ラグ・スポウォッチが市場に出始めたのは2017年か2018年頃と記憶しているが、はっきりとした自信はない。コレクションの印象がゴールドやプラチナケースで、スポーツモデルとは今ひとつ道を隔てた所に位置していたかのようなラグジュアリー時計ブランドが、まるで申し合わせたかのように次々とSS製ラグ・スポウォッチを発表したのだ。意外性もある一方で、価格的にも一段ハードルを下げたことによる効果は抜群で、SS製ラグ・スポウォッチは時計ファンとの距離感がグッと縮まったと思われる。おかげでこの現象は瞬く間に一大ブームとなった。
しかし発表会場で「オデュッセウス」を初めて見て触った時、私はこのモデルが果たしてランゲ愛好家に受け入れられるだろうかと懐疑的だった。気になった点のひとつが、ダイアルの中心軸と左右の窓(3時位置の日付と9時位置の曜日)とのそれぞれの距離感だ。離れ過ぎていて全体にバランスを欠き、ダイアルが間延びしているように見えたのである。しかし私の初見の感想はあっという間に否定された。「オデュッセウス」はたちまち大成功を収めたのだ。
これを勢いに2019年のファーストモデル発表後、「オデュッセウス」はケース素材としてはスティールからゴールド等、機能面ではクロノグラフへとコレクションの幅を増やしていく。
●2019年「オデュッセウス」ファーストモデル(SSケース)
●2020年「オデュッセウス」(18Kホワイトゴールドケース)
●2022年「オデュッセウス」(チタニウムケース)
●2023年「オデュッセウス・クロノグラフ」(SSケース)
特に2023年の「ウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブ」で発表された「オデュッセウス・クロノグラフ」は、ランゲ初の自動巻きクロノグラフ・ムーブメント、Cal.L156.1 DATOMATICを搭載した上でステンレススティールケース仕様という、大特典付きの大型新作である。
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ランゲ初の自動巻きクロノグラフ・ムーブメント、Cal.L156.1 DATOMATIC。“DATOMATIC(ダトマティック)”とは独語の日付を意味する“Datum”と自動巻きを意味する“Automatik”の造語。元々ランゲには1999年発表の「ダトグラフ」というツーカウンタークロノグラフ(Cal.L951.1)の実績がある(当モデルは2012年に「ダトグラフ・アップ / ダウン」でリニューアルされた。Cal.L951.6)。視覚的に楽しめるのは、ある程度時間が経過した後のストップ→リセット時の針の帰零運動だ。60分積算計用針は一般的な帰零運動を取るが、赤いクロノグラフ針は進行した距離(周回数の分)だけ瞬時(と言えるほどの速さで)逆回転する。このダイナミズムはユーザーだけの喜びだ(ランゲのHPでもご覧頂けます)。1999年の「ダトグラフ」以来、これでランゲのクロノグラフムーブメントは13個となった。直径34.9×厚さ8.4mm。毎時28,800振動(4Hz)。部品数516個。石数52個。
ランゲにとっての大冒険!?
なぜ「オデュッセウス」は成功したのか?
なぜ「オデュッセウス」は成功したのだろう? 会社として何かしら回答を持っているのかとアントニー・デ・ハス氏に尋ねると、彼は「ハッ!」と半笑いするかのような声を出した。
「それはなぜかって? まず、このコレクションが誕生した理由が重要になりますね。以前よりランゲのコレクターの方達から散々言われてきたことがあります。彼らいわく『ランゲの時計は貴金属のモデルしか所有していないので、ウィークエンドにスポーツをする時にふさわしい時計が無い。だからぜひ作ってくれ』という要望です。これが実に多かったのです。『今週末は仕様がないから他社の時計を着けるしかないんだよ』というようなこともよく言われたものです。だから我々としてはエレガントなスポーツウォッチを模索していました」(アントニー・デ・ハス氏。以下、同)
ここで私は過去何度となく経験した既視感を覚えた。「週末に身に着けるような高級感あるスポーティウォッチが無いから作ってほしい」。あるいは「現代では会社での業務終了後、そのままテニス(ボート、ゴルフ等々)へとすんなりシーンを変えるのが普通だから、どちらでも使えるような高級感とスポーツシーンを併せ持った時計が欲しい」。このような話はパルミジャーニ・フルリエやチャペック等を含めて、かなり多くの時計会社のCEOやディレクターから聞いてきた。時計世界の裏側では何か共通する「流行発信者」たちが存在するのだろうか?
と思っていると、さらにデ・ハス氏は続ける。
「会社の分析ではありませんが、もしかして(これまで“SS製ラグ・スポ”ウォッチを発表してこなかった)ランゲが発表した初のスポーツウォッチだから人気が出たのかもしれません。我々の従来のラインナップは“クラシックで革ストラップ”というイメージですからね(確かに『オデュッセウス』登場まで、ランゲにブレスレット時計のイメージはなかった)。あるいは『オデュッセウス』の外観=デザインで選んだわけではなく、むしろランゲの新型ムーブメントが搭載されていることに魅了されて、顧客の方々は購入されたのではないでしょうか。これもヒットの要因かと思います」
私はデ・ハス氏の述べた要因のすべてが最高の形で結実した結果だと思われる。ランゲ初のステンレススティールケースのスポーツウォッチで、しかも(ランゲなら当然だが)新型ムーブメントを搭載し、かつアウトサイズデイトというランゲらしいルールで表現した新型モデルだからではないだろうか。
さらにデ・ハス氏の話はブレスレットへと進む。
「ところで、他社のSS製ラグ・スポ時計はちょっとがっしりとしていませんか? しかし『オデュッセウス』は着けてみると、とても滑らかですしフィット感も十分にあります。我々が特にこだわったのがブレスレットなんです。これの開発には大変な時間を要しました。滑らかさやシルキーな感覚を実現するまでに、かなりの時間を要しました」
確かに「オデュッセウス」のブレスレットを装着する際、私のような太い手首にもやさしく巻きつくような柔らかな装着感がある。ブレスレットの開発期間を尋ねると、デ・ハス氏は「ふぅぅ……」というため息とも嘆息ともつかぬような長い息を吐いた。
「3年ぐらいですかねぇ……。25種類のプロトタイプを作って、幅、厚みとか変えて……、う~ん説明が付かないぐらいだ(と、悪夢が蘇ったかのような顔つきをする)。ブレスレットは我々の専門分野ではなく、あの時が初めての試みでした。だからこそ慎重に事を進めたのです。このブレスレットは横並び5列の構成ですから、たとえどのようなデザインで試作しても、何かしら他社と似通ったものになってくるのです。そのような試作品をすべて排除しながら開発を進めました」
それで3年間かかったと……。
「そうなんです。ムーブメントではなく外装部に3年間というのは長いです」
果たしてそうだろうか?「形態は機能に従う(Form Follows Function)」というバウハウスで有名な言葉があるが、たとえダイアルに「ランゲ」と銘記されていなくても、多くの時計愛好家は「オデュッセウス」に何かしらランゲらしさを感じ取ったはずだ。私は初見時に“間伸びしている”と書いたが、これはランゲ愛好家からすればとんでもない見当違いのミスジャッジだった。ブレスレットひとつに3年間もかけた試行錯誤と努力は、現在のこのコレクションの成功を見ればけして長くはなかったと思う。
>>現在も、そして未来もランゲが継承するギュンター・ブリュームラインの時計哲学
取材・文:田中克幸 / Report & Text:Katsuyuki Tanaka
写真:高橋敬大 / Photos:Keita Takahashi
協力:A.ランゲ&ゾーネ / Thanks to: A. LANGE & SÖHNE
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