A. LANGE & SÖHNE6年ぶりの東京で語ったあの人物の意志を継ぐランゲ哲学 01
“音鳴り時計”の慣習を打ち破った
「ツァイトヴェルク・ミニッツリピーター」
実に6年ぶりの来日である。A.ランゲ&ゾーネ(以下、ランゲ)の商品開発ディレクター、アントニー・デ・ハス氏(以下、デ・ハス氏)はソファにゆったりと座ると、強行軍の疲れもあまり見せずにこちらを向いた。デ・ハス氏への最初のインタビューは2008年の日差しの強い初夏の東京で、彼のランゲ入社4年目のことだった。そして最後に会ったのは、おそらく2017年か2018年のSIHH(現ウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブ)だ。そして現在は2023年11月11日である。
目の前に座る彼の足元を何気なく見ると、ブラウンのチャッカブーツに何やら小物が踊っている靴下が見える。私がじっと見ていると、
「いやぁ、これは娘たちからのプレゼントでね。時計柄の靴下」
と照れ臭そうに言う。目覚まし時計やレクタンギュラー時計の絵柄が踊るように並んでいる靴下……、愛されパパだ。
今回の来日の主な目的は、2023年10月24日に発表された「ツァイトヴェルク・ミニッツリピーター・ハニーゴールド」のプレス向け説明会と、日本の顧客に対する懇親会だ。2015年、フェルディナント・アドルフ・ランゲ(以下、初代ランゲ)生誕200周年の年であり、グラスヒュッテに新工場が開設されたこの年に「ツァイトヴェルク・ミニッツリピーター」は誕生した。その始まりはご存知のとおり、瞬転切り替え式デジタル数字よる時刻表示機構を備え、2009年に登場した「ツァイトヴェルク」である。当モデルの発想の源はドレスデン歌劇場であるゼンパー・オーパー(Semperoper Dresden)の五分時計にあり、さらにこの時計を手掛けたのは初代ランゲの義理の父である時計師、ヨハン・クリスチャン・フリードリッヒ・グートケスだ。つまり「ツァイトヴェルク」はランゲにとって歴史的な必然性があるモデルで、このことは多くのランゲ愛好家には周知の事実。しかし古典的な時計美をランゲに期待(予想)しがちな愛好家にとって、デジタル表示式時計とそのデザインは少し唐突で、戸惑いを見せた向きもあった。
その6年後の2015年に「ツァイトヴェルク・ミニッツリピーター」は誕生する(Ref.147.025、プラチナケース、ケース径44.2mm、シルバーダイアル、手巻き、Cal.L043.5)。これは瞬転切り替え式デジタル数字による時刻表示機構と、十進式チャイミング機構を統合した実に画期的なモデルであった。高い評価を得た当モデルは、続いて5年後の2020年に18Kホワイトゴールドケース+ディープブルーダイアルが登場、さらに2年後の2022年には早くも新型ムーブメントのCal.L043.6を搭載し、プラチナケースを採用した第二世代モデルの「ツァイトヴェルク」も誕生した(Cal.L043.6はCal.L043.5の発展型ムーブメント)。
そして2023年10月に発表された新作が、今回の来日目的のひとつとなった「ツァイトヴェルク・ミニッツリピーター・ハニーゴールド」である(搭載ムーブメントは第一世代のCal.L043.5)。なお前述の“画期的”というのは、他のスイス製ミニッツリピーターは分を告知する際、まず15分単位の打刻(15分打ち)が基本なのに対し、当モデルは10分単位で打刻(10分打ち)するからだ。たとえば伝統的なミニッツリピーターで「24分」の場合は、正15分の打刻を1回(高音と低音の重複音で1セット×1回)+分数の打刻(高音)を9回することにより、“現在、何分か”を告知する。これは頭の中でいちいち換算するのが面倒というのが、私の個人的な意見だ。つまり、便利ではない(このような時計に実用性を求めるのは“野暮”という意見は重々承知していますが、元々は灯りの乏しい時代に生まれた実用時計なのでご容赦を)。一方でランゲのミニッツリピーターは、たとえば「24分」の場合は正10分の打刻を2回(高音と低音の重複音で1セット×2回)、残りの分数の打刻は4回になる。とても分かりやすい。なぜスイス時計は15分打ちから脱却しないのか?
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通常のミニッツリピーターでは、リング状のゴングをケース内周に沿う形でセットする。一方、当モデルの非・円形(お菓子の「きのこの山」に見えなくもない)型ゴングは、そのまま同形状のダイアルに沿ってセットされる。ハンマーも内側のゴングに向かって外側から打刻する機構だ。リピーター機構の要をダイアル側に置くことで、腕に着けながらチャイミングの作動を“聴く”と同時に“視る”ことも可能になった。聴覚と視覚に訴える特殊かつ贅沢な感覚型特殊時計が「ツァイトヴェルク・ミニッツリピーター」と言えよう。
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自社設計・製造の手巻き式ムーブメント、Cal.L043.5。直径37.7×厚さ10.9mm。キャリバー番号の中「L」はランゲ(Lange)の頭文字、「043」の「04」は開発開始年が2004年という意味。さらに「043」の「3」は2004年の開発順番の番号(当キャリバーは3番目になる)、最後にピリオドの後の数字「5」は当該ムーブメントの派生・改良型の番号と推測する。写真上部に二重香箱、その右側にはリピーター駆動用パーツが隣接し、両者の下側にルモントワールを設置。香箱の左側には巻き上げクラッチやその輪列が集結し、さらに左端には巻き上げ芯も見える。パワーリザーブは、ハンマー打ち機構が作動していない時の完全巻き上げ状態で36時間。毎時18,000振動数。部品数771個。93石。
“15分打ち”ではなく“10分打ち”を採用した
「ツァイトヴェルク」リピーター機構
「まず10分打ちのミニッツリピーターはすでに歴史に登場していますから、我々が初めて開発したものではありません。すでにブレゲが懐中時計で開発しています。1800年代初頭のことですが、あまり多くは作りませんでした。その理由は当時の教会の塔時計の鐘が15分単位だったので、一般には受け入れられなかったのでしょう。しかし機構自体はすでにその時代に存在していました。現代ではオーデマ ピゲの他に、カリ・ヴティライネンが1990年代に製作しています(1996年のルクルト・エボーシュを改良したターンベゼル式ミニッツリピーターのことか?)。(先にも述べたように)10分打ちが一般に浸透しなかった理由は、クォーターリピーターというイメージが強すぎたからでしょう。購入者が10分打ち機構を機械の不良と勘違いし、壊れていると店頭で指摘したこともありました」(アントニー・デ・ハス氏。以下、同)
ではランゲが10分打ちに挑戦した理由は何だろう。
「それはまず『ツァイトヴェルク』がデジタル表示であること。(デジタル表示だから)きっちりと10分単位で分を“表示”することができます(註:3時位置に2枚のディスクで表示)。ダイアル上の表示とストライキングが一致するので10分単位にしました。確かに頭で打刻音を時刻に変換する手間は省けますが、それよりも『ツァイトヴェルク』がデジタル表示であることが開発の主な要因になります」
15分打ちに比べて10分打ちでいちばん難しかった点を尋ねると、
「通常のミニッツリピーターの時刻表示は針で行いますね。伝統的なミニッツリピーターは、歯車が回転している箇所に対してラックが15分置きに作動するという機構になります。このモデルの場合は歯車ではなくディスクが回転しているので、それを変換して10分間隔にすることが難しかったです。
通常のミニッツリピーターには“時”と15分単位の“分”と2種類のラックがあります。これは15分単位の打刻装置は3回しか作動しないことを意味します。一方、10分単位では5回作動します。まず表示ディスクから変換ギアでラックまで伝達させますが、そのラックのギアが5個あるという点が難しかったですね」
モデルの特性である“デジタル表示”と“10分”にこだわったミニッツリピーター「ツァイトヴェルク・ミニッツリピーター」。その話題は時計のタイミングとチャイミングにかかるエネルギー(動力)へと、デ・ハス氏の話は続く。
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Anthony De Haas
アントニー・デ・ハス
A.ランゲ&ゾーネ商品開発ディレクター。1967年オランダ生まれ。1989年、クリスチャン・ホイヘンス技術学校卒業。その後、IWCに入社するものの複雑時計製造への想い立ち難く、当時の上司である故ギュンター・ブリュームライン氏に直談判しルノー・エ・パピ(現APRP。オーデマ ピゲ・ルノー・エ・パピ)に入社。ランゲのことはブリュームライン氏から聞いて誘いを受けていたが、2004年にデ・ハス氏がランゲに入社した時は、残念ながらすでに氏は鬼籍に入られていた。2014年より現職。なお、ルノー・エ・パピとメイラン家との関係から、現H.モーザーCEOのエドゥアルド・メイラン氏とは旧知の仲。インタビュー前日に当のメイラン氏を会ったことを伝えると、「なに!? 今、彼はトーキョーに居るの?」「昨日お会いしましたよ」「電話しなきゃ!」という感じだった。
取材・文:田中克幸 / Report & Text:Katsuyuki Tanaka
写真:高橋敬大 / Photos:Keita Takahashi
協力:A.ランゲ&ゾーネ / Thanks to: A. LANGE & SÖHNE
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