Lang & Heyne個人時計工房から時計会社へ……第二創業期を迎えたラング&ハイネの現在 01
「ヘクトール」という大胆な冒険を成功させた
ドレスデン時計製造工場(UWD)との統合
2019年は、ラング&ハイネ(LANG&HEYNE)にとってひとつの節目の年となったことは間違いない。
ラング&ハイネは、マルコ・ラング氏とミルコ・ハイネ氏が2001年初頭に設立した時計工房。翌2002年のバーゼルフェア(当時の名称)ではAHCI(Académie Horlogère Des Créateurs Indépendants=独立時計創作家協会、アカデミー)の一員(メンバー候補)として、「フリードリッヒ・アウグスト」と「ヨハン」を発表し、時計愛好家から大いなる評価を得た。同年にミルコ・ハイネ氏は当工房を離れたが、マルコ氏は名称をそのままで独自の時計製造の道を歩む。
私と名畑政治グレッシブ編集長がマルコ氏に初めてお会いしたのは、2002年のバーゼルである。その後の2007年に我々はドイツ・ドレスデン郊外にある彼の工房を訪ね、ドイツ時計製造史の研究家でもあり時計一家に育ったマルコ氏の繊細な作業に魅了された(マルコ氏はドイツの時計師家系の5代目)。特に「シルバー・ギルド」と呼ばれる、塩と銀のパウダーとワイン石(ヴァインシュタイン、ワイン酒石酸)等を用いる地板用の技法に私は感心した。これはモリッツ・グロスマンの「シルバーフリクションコーティング」と根本は同じ技法と思われる。
その彼が2019年に職を離れ、入れ替わるように同年2月にイェンス・シュナイダー氏が開発製造責任者に就任したことは、大きな驚きであった。ラング&ハイネ第二の創業である。さらに2021年10月には従来の様式から飛翔した新作「ヘクトール(HEKTOR)」を発表、その大胆な改革と呼べるような冒険は世界の時計愛好家から支持を受けた。
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HEKTOR
ヘクトール
ラング&ハイネ初のセンターセコンド時計「ヘクトール」。ムーブメントの一部が見えるダイアルのオープンワークや、「ペチコート」と彼らが呼称するその開口部デザインが特徴。新世代ラング&ハイネを象徴するモデルだが、あくまでも彼らは手巻き式にこだわっている。ダイアル中心部のレリーフは「HEKTOR」の「H」をデザイン化したもの。写真のグリーンの他ブルー、グレーが各33本の計99本限定だったが、発売後間も無く完売。日本の時計愛好家は次回作に期待したい。
ケース径:40.00mm
ケース厚:10.95mm
ケース素材:ステンレススティール
防水性:5気圧
ストラップ:バタフライ・フォールディングバックル付きステンレススティール無垢製リングブレスレット
ムーブメント:手巻き、自社製ムーブメントCal.33.2、直径33.0(14 1/4リーニュ)×厚さ4.4mm、19石、毎時21,600振動、パワーリザーブ48時間
仕様:時・分・秒
価格:参考商品(完売品)
このラング&ハイネ革命年とも言える2019年以降のお話をイェンス・シュナイダー氏、そして時計ジャーナリストの立場からギズベルト・L.ブルーナー氏に伺った。時計愛好家ならすでにご存じのとおり、シュナイダー氏はA.ランゲ&ゾーネのプロトタイピストから設計部門へ異動し、ツァイトベルクの開発に関わった人物。2009年にはモリッツ・グロスマンの開発責任者に就任。あのハンマー式自動巻き時計「ハマティック」の開発等、当社のキイパーソンであった。彼も“ドイツ時計の宝”と言える存在だ。
また今回、ドイツの著名な時計評論家であるブルーナー氏がインタビューに列席する理由だが、
「私は特にラング&ハイネに役職があるというような立場ではありません。ただジャーナリストとして長くこの会社のことを知っていますし、アレクサンダー・グティエレス・ディアス氏がマネージング・ディレクター兼CEOに就任されてから(2020年7月就任)、色々なことについて彼と話をしています。『ヘクトール』の最初の購入者は私ですし、この時計についても色々と話し合ってきたという事情もありますね」(ギズベルト・L.ブルーナー氏)
と長年の関係から自ら応援団長を買って出たというところだ。
「ラング&ハイネは現在、テンプス・アルテ グループ(Tempus Arte GmbH & Co.KG)に所属しグループ内ではトップブランドの位置付けです。アルテ グループですが実働の49%はブラーケン(Blaken GmbH)社で、この会社は顧客の要望に従ってロレックスのカスタマイズとパーソナライズを行っています。他にテンプス・アルテ グループにはUWD(Uhren-Werke-Dresden。ドレスデン時計製造工場)や時計会社のストーヴァ(STOWA)が所属しています」(イェンス・シュナイダー氏)
テンプス・アルテ グループ(Tempus Arte GmbH & Co.KG)は、2013年4月にデンマークで設立された企業グループ。スイスやフランスのスウォッチやリシュモン、LVMHグループのような企業形態と思われるが、2022年11月現在は上記のムーブメント製造工場UWDやブラーケン、時計会社のラング&ハイネ、ストーヴァ、ラインフェルダー(LEINFELDER)が所属する。
このテンプス・アルテ グループのトップに立つのが起業家・投資家・科学者のウルリッヒ・L.ローデ教授。そしてラング・ハイネが当グループに入った経緯は、傘下のUWDが関係している。
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ラング&ハイネ 開発製造責任者 / イェンス・シュナイダー
LANG & HEYNE Development Director / Jens Schneider
1961年、ドイツ・グラスヒュッテ近郊ディポルディスヴァルト生まれ。父は地理学者、母は数学教師という理系一家で育つ。ドレスデン工科大学で電気工学と精密機械工学を専攻。旧GUB(グラスヒュッテ国営時計会社)での時計師見習い期間後、訓練生の講師になる。東西ドイツ再統一後の1994年に復興したA.ランゲ&ゾーネに入社、プロトタイピストの後2000年に設計部門に転属。ツァイトベルクの開発に関わった後の2009年にモリッツ・グロスマンの開発責任者に就任。「べヌー」「アトゥム」(Cal.100.0及び100.1)や「ハマティック」(Cal.106.0)の開発を担当。2019年2月にラング&ハイネの開発製造責任者に就任。(参考:『webChronos』2016年12月2日公開記事) -
時計ジャーナリスト / ギズベルト・L・ブルーナー
Watch Journalist / Gisbert L. Brunner
1947年、ドイツ生まれ。時計評論家、文筆家、『UHRENKOSMOS』(https://www.uhrenkosmos.com/)の共同創立者兼共同所有者。ミュンヘン・ルートヴィヒ=マクシミリアン大学で法律、心理学、教育学を学び、卒業後はバイエルン州文化省の上級行政官に着任。1964年より懐中時計や腕時計の収集を始め、特に機械式時計が見向きもされなかった1970年代にも熱心に収集活動を行い、やがて膨大なコレクションを擁する。同時に時計の歴史や製造にも研究を進め1980年代からは執筆活動も開始、現在では著作数は30冊以上に及ぶ。時計評論では世界最高クラスの人物。1997年にご自宅に伺った際は、アンティーク市場においての掘り出し物話を伺った。その姿勢はまさに探求と収集・体系化における時計博物館のキュレーターであり、生粋のコレクターである。(参考:『webChronos』2021年12月18日公開記事)
「2013年頃ですが、いわゆるスウォッチ(ETA社)のムーブメント供給問題がありました」(J.シュナイダー氏)
これに解説を加えると、事の起こりは2002年7月にスウォッチ グループが発表したETAエボーシュ供給停止宣言である。最初は供給完全停止年の2006年から「2010年問題」と言われ、当然だが業界内の反発は相当なもので、諸般の経緯を経てそれは「2020年問題」へと延期。2000年代中頃から見られた各時計会社の自社設計・製造ムーブメントの流行や、セリタ等のエボーシュメーカーの台頭はこの問題がなければ加速しなかった。ある意味、時計愛好家にとっては“ありがたい騒動”と言えるだろう(詳細はwebChronosの記事、https://www.webchronos.net/features/10620/2/をご参考ください)。さらにシュナイダー氏は続ける。
「この問題に対応する形で、ドレスデンにムーブメント工場を設立するという案が浮上しました。それがUWD(Uhren-Werke-Dresden)=『ドレスデン時計製造工場』です。最初ローデ教授とマルコ・ラング氏がこの会社に出資し、2018年7月にラング&ハイネをUWDに統合することになりました」(J.シュナイダー氏)
ドイツ時計株式会社の山口幸徳氏から頂いた当時のラング&ハイネの発表文によれば、両社の合併目的は協力体制と組織力のさらなる効果的な運用だ。この時点でマルコ氏は時計開発に一層集中するために会社経営から離れ、代わりにアネット・ニルソン女史が引き継いだ。
協力:ドイツ時計株式会社 / Thanks to:Thanks to:Deutsche Uhren
INFORMATION
ラング&ハイネ(LANG&HEYNE)についてのお問合せは・・・
ドイツ時計株式会社
〒153-8580 東京都目黒区三田1-4-1ウェスティンホテル東京 1F
TEL: 03-6277-4139
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