IWC独立国家の防衛”とは? 1990年代、日本にこの意味を問い質した話題作『沈黙の艦隊』、ついに実写映画化! 02
かわぐちかいじ氏の原作に登場する
海上自衛官着用のIWCを特定する
映画『沈黙の艦隊』の劇中でIWCの腕時計が着用されるシーンは見られないが、原作のかわぐちかいじ氏の作品に、そのシーンは存在する。作中のある場面で海上自衛官が着用する腕時計の文字盤に「IWC」の文字がはっきりと見て取れる(当ページ掲載の作画、右下のコマ参照)。では、作中の海上自衛官が着用するIWCのモデルは何だろうか? 私は原作を読破していないので、かなり不正確な推測であることをあらかじめお詫びしたい。
まず、原作に描かれた腕時計のデザインからモデルを特定する。作画のモデルはシンプルな中3針、ノンデイト、ローマン数字インデックス、おそらくホワイトダイアルという仕様だ。決定的な特定要因はベゼル上の5つの円型の穴(ただし10時位置周辺の5つ目の穴は見えない)。IWCの歴史から考えると、描かれたモデルは“5つの穴”から「インヂュニア」であると特定できる。このモデルの誕生は1955年だが、ベゼルに初めて5つの穴が設けられたのは1976年発表の初代「インヂュニアSL(通称“ジャンボ”)」(Ref.1832)だ。デザインは時計デザイナーの開祖である故ジェラルド・ジェンタ。ただし当時はベゼルのケースへの固定に多角形スクリューは使われておらず、まだ5個の凹みという状態だった(ベゼルのスクリュー留め仕様は、2023年3月発表の「インヂュニア・オートマティック 40」が初である)。一応お断りしておくが、原作の連載が終了した1996年までに、ローマン数字インデックス+ノンデイト仕様のインヂュニアは存在していない(密かに作られたカスタマイズモデルは別)。しかし、この辺りのディテールは本稿のテーマからは遠い要素なので、IWCの史実との整合性はなにとぞご容赦して頂きたい。以上から作中モデルは「インヂュニア」、しかもベゼル上の5つの丸型穴から1976年以降のモデルであると特定できる。
次に、作中に描かれたインヂュニアの年代特定に移る。1976年以降のモデルであることは前段の内容から明白だ。また原作の連載期間が1988年から1996年までということから推測すると、この自衛官が自身の俸給から新品を購入したのであれば、1976年以降から1990年代に発表・販売されたインヂュニアと考えられる。なお、20世紀最後のインヂュニアは、1993年に発表され2001年まで製造された「Ref.IW352103」と「Ref.IW352101」(共にジャガー・ルクルト製Cal.889ベースのCal.887/2搭載。クロノメーター)。その後インヂュニアは、2005年の「Ref.IW322701」での復活までしばしの休眠状態に入る。よって作中のモデル候補の最後の年代は、1993年に発表され2001年まで製造された上記の「Ref.IW352103」か「Ref.IW352101」あたりであろう。
作中のインヂュニアは、ひょっとしたら家族・親族からのプレゼントか、あるいは彼の父親の遺品(その人も海上自衛官だったのかもしれない)ということもあり得る。この可能性は年代特定の捜査時間軸をもっと過去へと伸ばすことになる。とはいえ、ここまで時間を広げると話がややこしくなるので、本稿では当時の時計店やデパートで販売されていた新品を、自衛官本人が購入したことに限定したい。そこで作中モデルの年代は1976年から1990年代に発表・販売されたインヂュニアと特定する。
作中の自衛官はなぜインヂュニアを選んだのか?
では、原作中の自衛官がインヂュニアを着用していた理由について推測する。おそらくこれは当モデルの耐磁性能が鍵ではないだろうか。インヂュニア誕生の背景はIWCのパイロット・ウォッチ「マーク(Mark)」シリーズにある。1945年に英国王立陸軍用に開発された「マークX」以降、同シリーズは英国王立空軍(RAF)にも制式採用される。この「マーク」シリーズは、航空機のコックピットや通信室等の電子装備品の増加と共に耐磁性能を強化していく。その理由はこれら電子機器から発生する磁界が、腕時計の精度を著しく低下させるからだ。よって時計は強烈な磁界からムーブメントを防御する必要が生じた(ちなみに磁界の影響=時計精度の低下は現在でも同じで、女性などのバッグに用いられる強力なマグネット等は時計にとって大敵。このようなマグネットを用いる日常品以外にも家電、PC機器等には絶対に時計を近づけないようご注意を)。
このマークシリーズで培われた耐磁性能を民生用モデルに活用し、1955年に誕生したのがインヂュニアである。当モデルはムーブメントの耐磁性能を強化するために、1948年登場のパイロット・ウォッチ「マーク11」(英国王立空軍制式採用品)で初めて採用された軟鉄製インナーケースを装備する。結果、前述した1976年の「インヂュニアSL(通称“ジャンボ”)」では80,000A/m、さらに1989年登場のRef.3508では非・軟鉄製ケースで500,000A/mもの超耐磁性能を実現。ちなみにISO(International Organization for Standardization / 国際標準化機構)で義務付けられている耐磁性は約1,600A/m(20ガウス)、方や我が国のJIS(Japanese Industrial Standards / 日本産業規格。※2019年の法改正に伴い「日本工業規格」から名称変更)では約4,800A/m(60ガウス)だ。さらにJISには1種耐磁時計と2種耐磁時計の規定があり、前者は「日常生活において磁界を発生する機器に耐磁時計を5cm まで近づけても、ほとんどの場合に性能を維持できる水準」、後者はその距離が1cmとなっている。これらからもIWC「インヂュニア」の80,000A/mと500,000A/mの耐磁性能が、どれほど凄まじいものかが理解できる。これほどの性能なら海上自衛隊自衛官の目に叶って当然だ。
海上自衛官着用モデルの4つの候補
さて、以上のことから作中の自衛官が着用するインヂュニアは、以下の四世代のモデルに絞られる。なお“世代”の意味だが、1955年初登場のインヂュニアを初代(第一世代)とはせずに、本稿では1976年登場のジェラルド・ジェンタ デザインによる「インヂュニアSL(通称“ジャンボ”)」(Ref.1832)を初代(第一世代)と定義する。
●候補1:1976年登場の初代モデル「インヂュニアSL(通称“ジャンボ”)」(Ref.1832他。ケース径40mm。自動巻きCal.8541搭載。耐磁性能80,000A/m。1983年頃まで製造)……初代(第一世代)。
●候補2:上記モデルの後継機種である1983年の「Ref.3505」(ケース径34mm。自動巻きETA2892-A2ベースムーブメントのCal.375搭載。耐磁性能80,000A/m。製造終了年不明)や、1985年の「Ref.3506」(ケース径34mm。自動巻きCal.3753搭載。耐磁性能80,000A/m。1988年頃までの製造と思われる)等……第二世代。
●候補3:連載開始1年後の1989年に発表された非・軟鉄製ケースで500,000A/mもの超・耐磁性能を実現した「Ref.3508」、「Ref.3509」等(ケース径34mm。自動巻きCal.2892-A2搭載。耐磁性能500,000A/m 。2001年まで製造)……第三世代。
●候補4:再び軟鉄製インナーケースを装備し、原作連載中の1993年に発表された「Ref.IW352103」や「Ref.IW352101」(ケース径34mm。ジャガー・ルクルト製Cal.889ベースの自動巻きCal.887/2搭載。耐磁性能80,000A/m。クロノメーター。2001年まで製造)……第四世代。
これら4つの候補モデルのいずれかが、作中の海上自衛官が着用するインヂュニアと推測する(細かく書いたにもかかわらず、このような大雑把な結論で申し訳ありません)。作戦行動中での視認性を考慮すると、普通はケース径40mmの候補1(第一世代)の「Ref.1832」を選択するのが妥当だ(当時この自衛官に購入資金があれば、の話。このモデルはあまり売れなかったので出会う機会もあったかもしれない)。しかし作画では、時計ケース全体に占めるベゼル幅は細く見え、時計の外観もすっきりとしたデザインだ。また自衛官の手首(太さは不明)に対して時計自体が小さめに見えることから、私は候補2(第二世代)の「Ref.3505」、「Ref.3506」あるいは候補4(第四世代)の「Ref.IW352103」、「Ref.IW352101」ではないかと推測する。
この海上自衛官の年齢は三十代後半から四十代前半頃と見受けられるが、インヂュニアの耐磁性能という特性と頑丈なステンレススティール・ケース、暗闇でも視認容易な中3針モデルを選択したことから、彼はかなりの時計通と思われる。自分の任務に対する十分な理解と、その環境に最適な時計を選ぶ鑑定眼をも持つ自衛官だ。彼の任務完了の無事を祈る。
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