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IWC HistoryIWCパイロット・ウォッチのすべて 01

1936年誕生のIWC初のパイロット・ウォッチ「スペシャル・パイロット・ウォッチ」(Ref.IW436)

1936年誕生のIWC初のパイロット・ウォッチ「スペシャル・パイロット・ウォッチ」(Ref.IW436)。航空黎明期当初より航空士専用腕時計として開発されたパイロット・ウォッチの先駆者的存在であり、IWCの歴史においてシリーズ(コレクション)名の付いた最初の時計でもある。その歴史、2022年において実に85年を超える。

前編「歴史」
Part.1 IWCパイロット・ウォッチ登場以前の出来事

 1868年、スイス・シャフハウゼンでの創業以来、およそ150年以上続くIWCの歴史において、初めてパイロット・ウォッチが登場したのは1936年のことである。その名は「スペシャル・パイロット・ウォッチ(Special Watch For Pilots)」(Ref.IW436)。IWCの正史からすればいささか怪しいものの、後年のコレクターたちはこれを「マーク IX(註:9)」と呼ぶ。奇しくもこの年は、民間航空史に名を残す伝説のプロペラ旅客機・輸送機DC-3の運用開始年(ダグラス・エアクラフト社=現ボーイング社開発)。「スペシャル・パイロット・ウォッチ」が、計画当初よりパイロットという、当時でも特殊なプロフェッショナル向けに開発されたことは、その名称からも明らかだ。


 2022年において、150年以上の歴史を誇るIWCでもっとも古い時代から継続するコレクションが、パイロット・ウォッチである。その年月は実に85年を超える。この章では、航空黎明期より様々な歴史上の重要な出来事を紐解きながら、IWCのパイロット・ウォッチ史を解説したい。また本稿は2006年刊行の『IWC PILOT’S WATCHES -FLYING LEGENDS SINCE 1936-』(Ebner Verlag)に書かれた内容をかなり参考にし、本文中でも随所に抜粋・要約文を掲載している。執筆者である当時のクロノス編集部やギズベルト・L.ブルーナー氏、クリスチャン・ファイファーベリー氏等にこの場を借りてあらためて御礼申し上げたい。なお、当該本を含めた参考資料は本稿末に記した。


すべては冒険心に富んだブラジル人から始まった

 ドイツのオットー・リリエンタールや彼に続いたアメリカのライト兄弟が、飛行時にどのような時計を身に着けていたのかは分からない。しかし1903年のライト兄弟による有人動力飛行の3年後、つまり1906年のフランスにおいて動力機「14-bis」号で高さ3m、距離約60mの飛行に成功した、ブラジル出身のアルベルト・サントス・デュモンの時計なら有名だ。彼のためにルイ・カルティエが製作したレザーストラップ付き「サントス デュモン」が、最初の航空用腕時計とされている。

パイロット・ウォッチ黎明期、リンドバーグとウィームス大佐

 ライト兄弟の初飛行から15年後、正確には第一次世界大戦終結7カ月前の1918年4月1日に英国王立空軍(RAF=Royal Air Force。以下、RAFとも表記)が創立する。陸・海軍からの独立空軍としては世界初で、29万人以上の人員と2万3000機近くの航空機を擁した。一方、1920年代にはルフトハンザやパンアメリカンなど世界で航空会社が設立され、商業用飛行の運用が始まる。


 しかし1930年代に至るまでパイロット専用腕時計を作る時計会社は存在しなかった。そこにチャールズ・リンドバーグが登場する。当時25歳の彼は1927年5月20日5時52分(現地時刻)、愛機「スピリット・オブ・セントルイス号」でニューヨーク・ロングアイランドのルーズベルト飛行場を飛び立ち、翌21日22時21分(現地時刻)にパリのル・ブルジェ空港に着陸、世界初の大西洋単独無着陸横断飛行に成功した。所要時間33時間30分、飛行距離5810km。この快挙により飛行中の自機位置確認のための高精度時計の必要性がよりリアルなものになったと思われる。それまでの自機位置確認は地形の突出したランドマーク等を参考にすれば、それがある種のナビゲーションとなった。初期タイプのオンボード時計は飛行時間の経過を知れば、残りの燃料残存量を知ることができた。

 しかし、リンドバーグのように大西洋横断という長距離飛行や、『星の王子様』等で有名な作家で飛行士のアントワーヌ・ド・サン=テグジュペリが行った夜間の郵便飛行となると、事情はまったく異なってくる。冒険や郵便輸送のみならず、前述したように空軍という軍事組織の作戦や民間航空会社の長距離飛行航路の開拓が、正確な航空時計の必要性を一層高めた。当初の航空分野では先達の航海技術に学ぼうと、腕時計にはマリンクロノメーター的な能力が求められた。やがてラジオビーコンとコンパス発信器が登場するが、これらを元とするナビゲーション技術の精度は、明らかに正確な時間を計測できるタイムピースにかかっていた。


 このような状況に解決策の先鞭をつけたのは、アメリカ海軍所属のフィリップ・ヴァン・ホーン・ウィームス大佐が1927年に開発した“ウィームス・ナビゲーション・システム”である(この年、リンドバーグは大西洋単独無着陸横断飛行に成功している)。中央部に回転式サブダイアルを備えていたこのシステムは、時報を聞いた時にサブダイアルを回転させて秒針が“60”の位置にぴたりと合わせることができた。彼はグリニッジ標準時(Greenwich Mean Time=GMT)の時報と時計の針を秒単位で一致させるシステムを1935年に特許申請する。ロンジンとのコラボレーションによるモデル名は「ロンジン ウィームス セコンドセッティング ウォッチ」。また1931年にロンジンが発表した「アワーアングル ウォッチ」は、前述のリンドバーグが“ウィームス・ナビゲーション・システム”を参考に発想し、ロンジンに製作を依頼した時計である。


 しかし、この時計はセンターにサブダイアルを装備する設計。そこでサブダイアルの代わりに、ゼロマーキング表示の回転ベゼルを装備する時計を考案したのがIWCである。このモデルこそ1936年登場の「スペシャル・パイロット・ウォッチ」(Ref.IW436)、今日の“パイロット・ウォッチ”のジャンルを確立した代表的なモデルだ。

1936年「スペシャル・パイロット・ウォッチ」(Ref.IW436)登場

 1936年、IWCは最初のパイロット・ウォッチ「スペシャル・パイロット・ウォッチ」(Ref.IW436)を発表する。ブラックダイアルに大型のアラビア数字インデックス、コブラ型時分針、ゼロマーキング付き回転ベゼルを装備する視認性に優れた航空時計だ。パイロットは矢尻型のゼロマーキング付き回転ベゼルにより飛行時間の計測をセットすることができた。搭載ムーブメントは直径26.5mm、厚さ4.1mm、12リーニュ、毎時18,000振動数のキャリバー83。なおこの時計の開発は、1930年代にIWCの社長であったエルンスト・ヤコブ・ホムバーガーのふたりの息子の発案によるものだ。彼らは情熱的なパイロットでもあったので、飛行士用腕時計の必要条件に熟知していた。その結果誕生したこのモデルは短時間計測用インデックス、高コントラストの発光針と数字を備えたダイアル、飛散防止ガラスの風防、かつ耐磁性ムーブメントのキャリバー83を装備し-40°から+40°の温度変化でも問題なく作動した。IWCの時計師たちはこの気温条件下での耐磁性エスケープメントの調整を行い、もちろんIWCは湿気や埃から護るステンレススティールと頑丈なクリスタルガラスの用意も怠らなかった(以上『IWC PILOT’S WATCHES -FLYING LEGENDS SINCE 1936-』より抜粋・要約)。

 さらに『IWC PILOT’S WATCHES -FLYING LEGENDS SINCE 1936-』には以下のような解説がある(要約)。


「特筆すべきは耐磁性エスケープメントである。これは後年、IWCが発表したパイロット・ウォッチの重要なポイントとなった。またケースに装備された回転式ベゼルは、ムーブメントにサブダイアルを組み込んだロンジンの『アワーアングル ウォッチ』と比べてメカニズムに影響を与えにくいという利点もあった。さらに回転式ベゼルは飛行士用グローブの着用時でも操作が可能な点が有利。シャフハウゼンの工場に保管されている台帳によれば、この『スペシャル・パイロット・ウォッチ』(Ref.IW436)の最初の配送先のひとつは1936年、プラハのNovotny/Freund。おそらくIWCは1939年と1941年の間に数百個の時計をさまざまな顧客へ配送している。年代は不詳だが当時のIWCの広告ポスターには、磁界の影響や機内温度変化への対応を述べた文章が書かれている。IWCは飛行中の航空機内での時計精度に深刻な脅威を与える磁性の問題に対処した、最初の時計会社である」(以上、前述の書籍より抜粋・要約)

 なお前述のとおり当モデルを「マークIX(註:9)」と呼称する向きもあるが、未だ英国王立軍に採用されていないモデルに「Mark」という名を付けるのは不自然な気もするが、残念ながら調査不足で詳細は不明だ。


 しかし、この1936年発表の「スペシャル・パイロット・ウォッチ」(Ref.IW436)には、時報等の標準時刻に合わせるための秒針停止機構がなかった。そこでIWCは新たなる時計の開発を進める。一方、世界は第二次世界大戦という厳しい時代に入っていった……。




協力:IWC / Special thanks to:IWC



  • 構成・文 / Composition & Text

    田中 克幸 / Katsuyuki Tanaka
    Gressive編集顧問。1960年愛知県名古屋市生まれ。大学卒業後、徳間書店に就職。文芸部を経て1988年「グッズプレス」創刊に携わり、後に編集長に就任。この間、1993年に同社で「世界の本格腕時計大全(後の『TIME SCENE』)を創刊し、2009年まで編集長を務める。同年より「Gressive」に参加。1994年よりスイスを中心としたヨーロッパ各国を取材、現在も継続中。

  • 写真 / Photos

    堀内 僚太郎 / Ryotaro Horiuchi
    フォトグラファー。1969年、東京都生まれ。1997年に独立。広告、ファッション、CDジャケットやポートレイト等で活動。2006年からスイス時計フェアの撮影を続け、2009年からGressiveに参加。2018年にH2Fotoを立ち上げ写真講師としても活動。

  • 写真 / Photos

    江藤 義典 / Yoshinori Eto
    フォトグラファー。1981年、宮崎県生まれ。2001年に上京。2006年、知人の紹介でカメラマンの個人スタジオのアシスタントに。スタジオ勤務を通し写真撮影とデジタル・フォト加工技術を習得。2013年に独立し、自らのスタジオを開設。Gressiveをはじめ、メンズ誌、モノ情報誌、広告等で活動。スイス時計フェアは2015年から撮影を継続。

INFORMATION

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