A. LANGE & SÖHNE古代ギリシアの英雄名を顕彰するA.ランゲ＆ゾーネ6番目の新ファミリー「オデュッセウス」完全解剖！ 03

　今回の新ファミリー名に採用されたオデュッセウスだが、彼（とその将兵たち）が艱難辛苦の家路を経験するそもそもの発端はトロイア戦争である。しかもその原因は三女神たちの“美人コンテスト”にあった。「この世で一番美しいのは誰？」とグリム童話で魔女が問うた相手は鏡だったが、ヘーラーとアプロディーテー、アテーナーの三女神は、事もあろうにその審判を人間であるトロイア国王の若き王子パリスに丸投げする。彼は正直に「アプロディーテーです」と応え、この女神は世界で一番美しい女性を娶らせましょうと褒美を遣わす。その女性はギリシアのヘレナー、しかし彼女はすでにスパルタ国王メネラーオスの妃だった。しかしパリスは彼女を故国トロイアへ連れて行ってしまった。

　これに収まらないのが当然ながらメネラーオス。彼は兄でありギリシア最大の国王アガメムノーンに訴え、アガメムノーンはギリシア国中の国王を召集し、トロイア征伐並びにヘレナー奪回作戦を命令。ここにトロイア10年戦争が始まり、オデュッセウスはその連合軍を組織するひとつの国の王である。思えば人間界にとんでもない戦争をもたらした女神たちは本当に罪作りだ。

　なお、この一大叙事詩に登場する神と人間でホメーロスの創作したキャラクターはいない。すべて当時のギリシア人では広く知られた存在である。ただ、わざわざオデュッセウスの物語を創作するほど、ホメーロスはとりわけこの人物に思い入れがあり、オデュッセウスを知恵、思慮深さ、慈愛、忍耐強さ、そして勇敢者という性格設定をしている。トロイア戦争での有名なエピソード「トロイアの木馬」の戦術発案者はオデュッセウスであり、彼はこの作戦のほぼ指揮官の役割を担う。

　さて時計「オデュッセウス」のダイアルに話題を移すと、一番のデザインポイントが3時の2窓式アウトサイズデイトと、これと対となすように大型化された9時の曜日表示であることは容易に見て取れる。この左右バランスの取れたデザインに加え、6時のスモールセコンドと12時のロゴが垂直線上に配置されることで完全なシンメトリック・デザインが成立した。

　おそらくポイントはスモールセコンドだったと思われる。ランゲのコレクションでは「サクソニア」「1815」「ツァイトヴェルク」すべては6時にスモールセコンドを配置する（もちろん「ランゲ1」は異なる）。まず6時に当表示を設定するという前提の元に、後は必然的に3時・9時が割り出されたように推測するが、これは本社の設計責任者に問い合わせないと真相は不明だ。

　もし、アウトサイズデイトを他の位置、例えば「ランゲ1」の1時や「ランゲ31」の10時に設定すると、極めてバランスの悪い構成になりスポーティモデルからイメージされる良好な視認性は確保できない。一方、12時位置では「サクソニア」「ダトグラフ」「ランゲマティック」と変わらない。今回のコレクションは飽くまでもSS製ラグジュアリースポーティウォッチという大前提があるので、質実剛健性や視認性、信頼性等の必須条件を考えると現在の位置が正解である。

　今回のダイアルは真鍮製でダークブルー一色のみの展開、その表面仕上げは大きく2種類に分かれる。ホワイトゴールド製バーインデックスがアプライドされたメインダイアル外周部とスモールセコンド外周部には、アジュラージュ（Ajurage）と呼ばれる幾十にも重なる同心円状の装飾が施される。他はザラつき感のあるマットな感触にまとめ、光の反射によってニュアンスが変化するアジュラージュとは異なる印象に仕上がっている。メインダイアルとベゼルの接面は、12時に唯一赤色で「60」とプリントされたシルバーリングのセコンドトラックが配されている。3時の日付は2窓式で10の位と1の位を明確に区別し、9時の曜日は英語表記の最初の2文字が表示（設計図では独語表示）され、いずれも緩やかな弧を描くフレームで仕切られることで明快に表示を主張する。