BREITLING LEGEND 機械式クロノグラフを復権させた 時計界のレジェンド
1979年4月、ブライトリングの経営権はシュナイダー家へ移譲されたが、解決すべき案件は限りなくあった。
まず手間と費用が莫大なものになるアフターサービスの問題。周囲はこの放棄を勧めたがシュナイダーは否定。「過去まで含めたすべての遺産を引き継ぐ」とアフターサービスの責任まで負うことを決心する。そのため一時ブライトリングは販売個数よりも修理個数の方が多かったほどである。
またクォーツ・クライシスに将来を悲観していた従業員やサプライヤーを説得し、ブライトリングと機械式時計の偉大な遺産を語り、彼らに希望とモチベーションを与えた。皮肉にも電子工学のエキスパートが機械式時計一筋の時計師や技術者を説得したのだ。そして、事業をブライトリング1本に集中するために、彼は他の時計事業を閉鎖する。
その後、「ブライトリングの機械式クロノグラフの伝統を受け継ぐ計器」の開発がシュナイダーの下で進められたが、大きな転機が訪れたのが1982年。イタリア空軍所属のエアロバティックスチーム「フレッチェ・トリコローリ(FRECCE TRICOLORI)」が公式クロノグラフを公募した時である。
要求された基本スペックは“10Gの重力加速度に耐えることができる”という一点のみ。既存の自社製クロノグラフで応募する競合他社に対し、新モデルの開発を目指すシュナイダーは、直接パイロットたちの意見を取り入れようとイタリアへ向かう。
その結果、彼らの意見・要望から導き出された新型クロノグラフの特徴は3点あった。
まずフライトスーツの腕上で、パイロットが自由に時計を自分の見やすい位置に動かせるようラグを水平にデザイン。次に回転ベゼルの搭載。そして当モデルの顔ともいえるライダータブの設置である。
このような過程を経て完成したモデルは、公募アナウンスの翌1983年にフレッチェ・トリコローリ公式クロノグラフに採用される。
さらにブライトリングは創業100周年を迎えた翌1984年、このクロノグラフをベースとした新作であり、しかもブライトリングの歴史的傑作の名を継承するモデル「クロノマット」を世に送り出す。
さらに1986年には、これも歴史的遺産であるナビタイマーに新型ムーブメントを搭載して「オールド・ナビタイマー」として発表する一方で、機械式の対極に位置する電子工学を駆使したクォーツモデルとして前年の1985年には「エアロスペース」を発表した。このデジアナ時計は多機能表示をリューズ操作のみで可能にした、これもまた“プロのための計器”である。
そして1994年、見事ブライトリングの再生に成功したアーネスト・シュナイダーは事業を息子であるセオドアへ移譲、自身は南仏ボー・ド・プロバンスで引退生活に入る。
しかし、現実は違った。彼は当地で15世紀から続く貴族の末裔という人物から懇願されて、広大な葡萄とオリーブ畑を含めたシャトーを購入し、ワインとオリーブオイルの事業を開始。これも時を経ずして成功させてしまう。
先端工学でも時計でもない、全く畑違いの事業も成功させてしまうこの人の才覚には、舌を巻かざるを得ない。
2015年5月5日、その波瀾に富んだ人生を終え、アーネスト(パパ)・シュナイダーは永眠する。享年94歳。
彼の名はスイス時計史において歴史と伝統ある時計会社を再生してスイス時計の名を守り、機械式クロノグラフを復権させた時計界のレジェンドとして永遠に記憶されるべきである。
(参考文献:『TIME OF LEGEND THE BREITLING INSIDER』発行元/レジスター)
2日間にわたる『TIME OF LEGEND THE BREITLING INSIDER』のインタビューのため、取材チームがフリブール州の山岳地帯にある山荘に招かれた時のウェルカムパーティ。パパは奥様(右側)と共にスイス山岳地方の民族衣装に身を包み、手作り感溢れるもてなしを披露。このホスピタリティに取材チームは感動した。
Ernest Schneider
アーネスト・シュナイダー
1921年、スイス西部のフリブール州(ドイツ語ではフライブルク州)生まれ。マイクロメカニズム(精密機械工学)とエレクトロニクス(電子工学)のエキスパート。1960年代には経営困難に陥った時計メーカー、シクラの経営再建に成功。その後1979年にはブライトリングの経営権を移譲される。「クロノマット」や「オールド・ナビタイマー」といった同社の歴史的遺産の再構築や、「エアロスペース」等の電子工学を駆使したクオーツ時計の両輪体制で、ブライトリングを再びスイス時計の檜舞台へと導いた功労者。2015年5月5日、永眠。享年94歳。
>>>『TIME OF LEGEND』制作スタッフによる「私だけが見たパパ・シュナイダー」
構成:名畑政治 / Direction:Masaharu Nabata
文:田中克幸 / Text:Kastuyuki Tanaka
写真:高橋和幸(PACO)、 堀内僚太郎/ Photos:Kazuyuki Takahashi(PACO), Ryotaro Horiuchi
協力:ブライトリング・ジャパン / Special thanks to:BREITLING JAPAN
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