Le monde des créateurs indépendantsスイス在住の日本人時計師 関口陽介さんの自作時計がついに完成 02
アンティークを雛形にしつつ
現代的な改良を加えた自作ムーブメント
思わず『近いうちにできます』とはいったものの、技術的なハードルが高い自作ムーブメントの製作。さらに関口さんには、もうひとつの“壁”があった。それが資金の問題だ。
「現在の私の仕事は古い時計の修理が中心。これで食べていくので精一杯でしたから、ムーブメント製作は、自分の小遣いの範囲で始めたのです。しかし、それでは到底、足りません。結局、老後の積立金を全部、材料の購入や制作費にあててしまいました。
もともと時計は趣味から入った世界で、仕事もその延長。しかし、妻も子供もいる中で『自分の時計をムーブメントから作るなんてできるだろうか?』と躊躇もしましたが、製作が進む中で『よし、やってしまおう!』と決断しました」
これを参考に自作ムーブメントを作ったのですね。改良点はありますか?
「香箱のあたりですね。オリジナルでは吊り香箱となっていて、巻き上げの力がかかると軸が斜めにブレてしまいますが、現代的な角穴車と香箱心がわかれたタイプに変更し、これにより文字盤側でも香箱の軸が保持されるようにして、摩耗で傾斜してくることを防止しました。さらに、この改良により香箱の上下に受けとの間にスキマがてきたので摩擦が軽減され、保油性の問題も解決しました。また、テンワも拡大し、リューズによる針合わせのシステムも現代的に改良しています」
この関口さんによる改良点は機能面にとどまらず外見にも及んでいる。
「ネジの面取りを強調して美しく仕上げ、ブリッジの面取りを平面で仕上げています。この方法だと失敗ができません。時計師として、あえて難しい仕上げを選択しています」
ブリッジの表面仕上げも非常に古典的。現代の時計にも見られるコート・ド・ジュネーブではなく、さりとて独立時計師の作品に見られる粒子の細かなギルト仕上げでもない、シンプルなある種のヘアライン仕上げだ。
「この仕上げはラ・ショー・ド・フォン時計学校をはじめとして、スクールウォッチ(卒業制作時計)に多く見られるものです。現代はほとんど使われていないでしょうね」
と関口さんも説明する。
独立時計師として踏み出した関口さん
「いずれは複雑時計も考えています」
知る人ぞ知る存在であるヤーゲンセンのヴィンテージ・ムーブメントをひな形としつつ、いくつもの改良を施して完成した関口さんの自製ムーブメントだが、気になるのがどの程度まで自身で作られているかということだ。
「ガンギ車のピニオン、アンクルはサプライヤーへの別注品です。石はアンティークを使用し、ビスは古いものと比較的近年のものに面取りと仕上げを私が施し、それ以外は素材から削り出して作っています。これがここにある製品ですが、今後のシリーズ生産では、供給量が不確定なので、それに適したサプライヤーを検討中です。
ちなみに昔でもエボーシュの地板や受けはプレスで作っていましたが、私はすべて削り出しです。これは17世紀ごろの作り方で、実に大変な手間でした」
一部の特殊な部品はサプライヤーに依頼するものの、ムーブメント本体の地板や受けは17~18世紀の方法で作っているというのだから驚きだ。
しかし、ここまで古典的で凝った作り方では、いわゆる“量産”は不可能だろう。
「2022年はスチール・ケースが5本、ローズゴールドが5本の合計10本の生産を予定しています。販売はラ・ショー・ド・フォンの時計店『ジュバル(Juval Horlogerie)』と奈良の『小柳時計店』の2店舗だけです。そして2023年以降は、年間で20本製作できればいいなと考えています」
さて、自作時計をついに完成させ名実ともに“独立時計師”の仲間入りを果たした関口さんだが、今後はどのような展開を考えているのだろうか?
「いずれはトゥールビヨンを作っても良いかなとか、デテントもできればいいな、と漠然とは考えてはいます。
実はデテント付きの時計は何十個も集めているのです。以前、クリストフ・クラーレでも、『関口が自分でいじっているなら』と、彼にデテント付き時計の製造を任されたこともありました。ですから今後、自分なりのデテントができたら楽しいかな、とは思っています」
とはいえ、ひとりで工房を切り盛りし、部品作りから仕上げまでを行う関口さんだけに、新たなコンプリケーション・モデルが生まれるまでには、相応の時間がかかるに違いない。とはいえ決して妥協を許さない関口さんのこと、おそらく我々をさらに驚かせるようなコンプリケーションを見せてくれるに違いない。
取材・文:名畑政治 / Report &Text:Masaharu Nabata
写真:山下亮一 / Photo:Ryoichi Yamashita
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