Gressive Impression Gressive スペシャル座談会 2017年の腕時計シーンを振り返って──。
ゼニス「デファイ ラボ」の登場で
腕時計はどこへ向かう!?
名畑:そして直近の話題は、ゼニスの「デファイ ラボ」でしょうね。通常は大きな幅で振動しているわけですが、これは1秒間に30振動という高速振動で精度を高めつつ、オシレーターと呼ばれるシリコンの大きいパーツでテンワやひげぜんまい、アンクルといった調速機構の役割を担ってしまうというもの。ものすごい発想の転換で、非常に画期的だと思いましたね。ただし、これが普及価格になってすべての時計がこのムーブメントになったところで面白いのかな、と。もちろん、時計のひとつとして存在する分にはいいと思いますが……。
篠田:メリットは何ですか?
名畑:精度が高く、振動が速いから安定しています。しかも、パワーリザーブも60時間と長い。それにシリコンだから磁力の影響を受けず、注油も必要ないメインテナンス・フリーなので、時計としてはメリットだらけ。だからといって既存の伝統的な時計が完全になくなってしまうのかといえば、私はなくならないと思うし、なくなってほしくない。クォーツが登場したときのように機械式時計が見捨てられることはないんじゃないかな。
篠田:もう、そういう時代ではないですからね。時計を実用性だけで持っていないし。
名畑:趣味、あるいは工芸品的な意味で持つことが広まったので、第二のクォーツショックのようなことはないでしょうね。
篠田:趣味としての時計という話が出ましたが、最近、時計店の調子はいかがなんですかね?
名畑:百貨店で行われている「ワールドウォッチフェア」の売り上げはとてもいいようですね。
篠田: 専門店は一時期出店ラッシュでしたが……。
名畑:そこは少し落ち着いたようです。それから、若い人の時計離れが叫ばれていましたが、気がついたら2年ほど前から手頃なクォーツのシンプルな三針時計が女性を中心にブームになっています。スイスの時計界は、スマートウォッチが出たことで第二のクォーツショックを危惧していたようですが、それは結局、来なかった。反面、アナログクォーツのシンプルなモデルが人気で、この動きは日本だけではないようですね。
篠田:海外でもブームみたいですね。ダニエル・ウェリントンはスイスはもちろん、ミラノでも多く見かけました。
名畑:そして、シンプルさで人気を獲得したスカーゲンの後を狙って、デンマークから似たようなブランドが次々と登場している。ということは、ヨーロッパでもシンプルな時計が受けているということ。若い人たちの間で、手頃な腕時計を着用するのが当たり前になりつつあり、もはや「スマートフォンで時間を見ればいい」という感覚は過去のものという気がします
田中: だいたい、スマートウォッチはバッテリーの問題がひとつの生命線ですよ。日本からスイスへ出張して、現地のホテルに到着したら動いていません……というような連続使用時間では使う気になれません。
江藤: そういえば先日、ラドーの「トゥルー・シャドウ」を撮影したんです。紫外線を浴びると黒くなって、室内に入ると透ける。これは面白かったですね。
篠田:ラドーらしいモデルですね。以前はこういったギミックは手頃なモデルが主体でしたが、高級時計でも取り入れるようになって表現の幅が増えてきた印象です。
これからの時計シーンは
どうなっていくのか?
名畑:先日、名古屋三越のA.ランゲ&ゾーネ・トークショーで、お客さんの反応を見て感じたのが、時計だけではなく、それにまつわる文化や技術も含めて話をするとすごく興味を持ってくれるということ。そのトークショーでは、愛知・名古屋が日本におけるものづくりの拠点のひとつであり、日本で最初に機械式時計を作ったのも尾張藩の時計係の職人で時計とは縁が深い……という話をしたんです。そういった、文化や技術の広がりと時計が関連づけられると、一般の人にも興味を持ってもらえる。時計って単純にムーブメントだけではないと思うので、文化なども絡めながら記事を作らなければ……と再認識しました。
篠田:ムーブメント自慢は終わりつつあります。ロングパワーリザーブもそうですが、今は派手じゃない方向に進化し始めている感じがありますよね。ゼニスの「デファイ ラボ」は別としても、耐磁だって地味だけど意味があるからやっている。
名畑:そういう技術で故障が激減するなら、非常に意味がある。でも、見た目は全然変わらない。それは大事なことだよね。
篠田:あとは時計の値段が今後どうなるのか。安くなることはなさそうですが……。
名畑:安くなることはないでしょうけど、今ぐらいの感じで安定していくんじゃないかと思います。オメガのマスター クロノメーターも50万円台のモデルが出て、手の届く価格帯になってきているので、これくらいで安定しそうな気がします。
篠田:今は、オメガやロレックスが相対的に安く見える。そこが軸になっていくのかなと思いますね。
堀内: そういえば、バーゼルではチャペックも良かったですよね。
田中:昨年の2016年に日本代理店が決定したチャペックは、ケース径42.5mmの「ケ・デ・ベルク」が高い評価を得ましたが、早速今回のバーゼルでは38.5mmケースを発表していましたね。時計ファンの心情をよく理解していると思います。
篠田:とはいえ、頑張っているけどメジャーになりきれないブランドがブレイクするのは、やはり難しいんですかね?
名畑:本当はこういった“山椒は小粒でぴりりと辛い”みたいなブランドがポジションを確立してほしいですが、なかなかすぐ売れないので、時計店でも売り場を占有しにくい事情がありますね。
篠田:でも、ある程度売れるためには、数を見せたり世界観を作ったりしないと、歴史や文化が伝わらないですよね。
名畑:百貨店や大きな時計店では難しいと思うけれど、個人経営であまりしがらみのない店舗が、小粒だけどぴりっとくるブランドをなるべく多く揃えて販売してくれれば……と思います。そこにコアなファンが付いて、時計好きが集まる店舗が全国に増えれば、マイナーな独立系もポジションを確立できると思うんです。
篠田:今後に期待したいところですね。いいブランドが隠れたままの状態になっているのは、もったいないですからね。
構成:竹石祐三 / Edit:Yuzo Takeishi
写真:堀内僚太郎、江藤義典 / Photos:Ryotaro Horiuchi, Yoshinori Eto