GRAND PRIX D'HORLOGERIE DE GENÈVE 2023番外編!“GPHG”特別企画 最終審査員、飛田直哉氏による“実録! ジュネーブ・ウォッチメイキング・グランプリ2023” 02
2022年のある春の日、それは1本のメイルから始まった

2001年から始まったGPHGの発表・授賞式は当初オペラ座(Grand Théâtre de Genève)で開催されていたが、施設の老朽化やおそらく主催者の交代により現在ではテアトル・デュ・レマン(Théâtre du Léman)で行われている。当施設は、レマン湖西側のコルナバン駅と湖の中間に位置するフェアモント・グランド・ホテル・ジュネーブ(かつてのケンピンスキー・ホテル)の地階にあり、発表・授賞式閉会後、出席者の中でガラ・パーティへ招待された客は、そのまま地階から2階のパーティ会場に直行するという段取りだ。しかし途中にはカクテルホールがあり、大抵の人はここで“一杯引っ掛ける”ために足止めを喰らう。ちなみに2階のガラ・パーティもカクテルホールも各々招待制だが、前述のとおり発表・授賞式閉会後に開催されるガラ・パーティ招待組と、カクテルホール招待組が建物の構造上ここで合流する形となるので、大混乱・無礼講状態の飲み会になるらしい。しかし、スイス時計界の面々が一堂に集まるので、ガラ・パーティは当然のこと、こちらの無礼講飲み会も情報収集と自らのプレゼンスを行うのには好適地だろう。日本の時計関係者やメディアもどしどし訪問すべし。
Chapter 02. 突然届いたGPHG本部からのメイル
「『あなたはアカデミーによって、会員になることを推薦されました。これを受けますか、どうされますか?』というメイルが届きました。おそらくアカデミー会員の誰かが私のことを推薦したのでしょうね。それに対して先方から送られてきたフォーマットに『YES,NO』と答え『YES』の場合は個人情報等を入力して返信。
そこで入会したところ、3月頃に『次回(註:この場合は2022年11月の最終審査会のこと)の候補となる時計のノミネートをしてください』とメイルが来ます。ノミネートする時計は1本ではなくて複数本です。この段階で部門賞名はまだ決定していません。そして(ノミネート時計のリストが全世界のアカデミー会員から本部へ返信された後)アカデミーからノミネートされた時計会社へ『次回のGPHGの候補に貴社の製品が選ばれていますが、どうされますか?』という連絡が届き、時計会社側の了解と確認を取ります。例えば予算が十分でないブランドは断ることもあるでしょう(註:ノミネートを受けて立候補する際には初回の参加費用が必要となる。ノミネート段階で1モデルにつき800スイスフラン=CHF。2024年9月上旬の為替レート1CHF=約169円では約13万5200円)。あるいはGPHGからの申し入れは受けるものの、ノミネートモデルの代わりに自社で考えたモデルを候補として提出したいという希望を、時計会社側が出すこともあります。その一方で時計会社自らがノミネートに名乗りを上げる場合もあります。なにしろ時計会社は世界に数多く存在するので、GPHG側が把握していない会社もあるからです」(飛田直哉氏。以下すべて同じ)

「ノミネートモデルも含めて、2023年のGPHGで特に印象的だった製品は?」という私の質問に対する飛田さんの答えのひとつが、“ラグジュアリー・ブランドのオートマタモデル”。時計産業のグループ化ならびにサプライヤー等の垂直統合化が成立し始めた2000年前後、これに併せてラグジュアリー・ブランドのマニュファクチュール化も進み、彼らの複雑時計の開発が本格化した。特にオートマタは生え抜きの時計会社では発想しにくい美的センスと構造美を持つ製品が誕生し、これらの中はミュージアムピースと呼べるほどのアート作品へと昇華したものも多い。この10年ほどのGPHGのレディス・コンプリケーションウォッチ賞は、息を飲むような豪華絢爛、精妙巧緻な作品展となっている。写真は飛田さんがその具体例として挙げた2023年のレディス・コンプリケーションウォッチ賞ノミネートモデルのひとつ、ルイ・ヴィトンの「タンブール ファイアリーハート オートマタ(TAMBOUR FIERY HEART AUTOMATA)」。愛を語るハートと棘のある美しい薔薇が、自社ムーブメントの自動巻きCal.LFT023により複数のアニメーションを展開するトゥールビヨン・オートマタである。エナメル・ダイアル。18Kピンクゴールドケース、ケース径42.00×厚さ13.05mm(GPHG公式資料より)。
※ルイ・ヴィトン オートマタの公式HP:https://jp.louisvuitton.com/jpn-jp/stories/high-watchmaking-automata#fiery-heart

その年の力作がノミネート候補リストに集中するのも毎年の傾向。これは飛田さん推しではなく私の推しだが、パルミジャーニ・フルリエ(PF)のコレクション中、この2~3年で名声を確立した「トンダ PF」コレクションにもその傾向が見られる。2022年にレディスウォッチ賞を「トンダ PF オートマティック」(18Kローズゴールド・ケース)で受賞したPFは、2023年には4部門で4モデルがノミネートされた(惜しくも受賞は逃した)。写真はその年のメンズウォッチ賞にノミネートされた「トンダ PF マイクロローター」。ちなみに2024年ではレディスウォッチ、メンズウォッチ、タイムオンリー(新設。時分秒表示のみのモデル)、カレンダー&天文時計、クロノグラフ、スポーツウォッチの計6部門6モデルがノミネートリストに挙がっている。
※パルミジャーニ・フルリエの公式HP:https://www.parmigiani.com/ja/

21世紀に入って創立された新興ブランドも、間髪入れずGPHGにノミネートされる。これも飛田さんではなく私の推しだが、2009年に工房設立、2010年のバーゼルワールドでファーストモデルを発表したローラン・フェリエは、早くも同年に「ガレ クラシック トゥールビヨン ダブル スパイラル」がメンズウォッチ賞を受賞している。その後2015年にオロロジカル・レヴェレイション賞(「ガレ スクエア」)、2018年はメンズ・コンプリケーション賞(「ガレ アニュアルカレンダー スクールウォッチ」)と受賞履歴は3回に及ぶ。そして4度目の受賞が2023年のトゥールビヨンウォッチ賞を受賞した「グランドスポーツ トゥールビヨン パシュート」(写真)だ。大手メゾンと同様、新興時計ブランドにとってもGPHGは自社のプレゼンスに最適・格好の場。なにしろ発表即座に世界中の時計のみならずラグジュアリー系、ライフスタイル系、ビジネス系そして経済紙(誌)に一斉に取り上げられるから(なにしろGPHGのスポンサー企業の一社が『Forbes』である)。日本ブランドについて言えば、2024年はこれまで孤軍奮闘していたセイコーやGSに加え浅岡 肇氏の「TSUNAMI “Art Deco”」、前田和夫氏の「Heures Universelles」、大塚ローテックの「No.6」がノミネートされている。ぜひ頑張ってほしい。
※ローラン・フェリエの公式HP:https://laurentferrier.ch
前述したようにアカデミー会員メンバーは2024年時点で978人。多種多様な国や人種から選ばれた男女で構成されるが、まず飛田さんへのメイルはこのメンバーへの勧誘だ。そして時計のノミネートはアカデミーの規約概要(presentation)に書かれているとおり「デジタルプラットフォームを介して」行われ次の段階へ進む。
「このような経緯を経てまずノミネートモデルが出揃い、そこで第1次予選に入ります。第1次予選については、7月頃に全アカデミー会員にメイルで送られたURLに各人アクセスし、各部門毎にリストアップされた時計に採点することになります。この段階で部門名は決まっています。まず部門名が決まっていて、そこに各時計会社は自社のエントリーモデルをどの部門に入れるかを決めます(部門を選ぶ選択権は時計会社にもある)。ただし賞名の変更や時計が部門を移動する可能性はあります(註:例えばAという時計が最初はメンズウォッチ賞だったのがダイバーズ賞に移動することがある)。この辺りの内部事情は我々採点メンバーでも分かりません。メンバーはそこに何点とか付ける訳ですが、各部門の最高点が10点だったと思います」
これがアカデミー会員による第1回目の投票になり、手順と内容はアカデミー規約の第2条の項目2.1~2.2に記されている(https://www.gphg.org/en/academy/2024-regulations)。

再興ブランドにとってもGPHGは重要なプレゼンスの場だ。私が気になっているブランドのひとつが、19世紀の時計師の名を冠し2015年に復興したチャペック。翌2016年には早くも「ケ・デ・ベルク No.33 ビス」がパブリック賞を受賞した。その一方で、彼らはチャリティーオークションの「オンリーウォッチ」には2023年までに4回の出品を行い、直近モデル「プラス・ヴァンドーム“コンプリシティ”『いつも心に勇気を』」は独立時計師ベルンハルト・レーデラー氏との共同開発に成功した。そのCal.SXH8を搭載する標準仕様の「プラス・ヴァンドーム“コンプリシティ”」が、2023年のGPHGのメカニカル・イクセプション賞のノミネートモデルに選出された(惜しくも受賞は叶わず。ただ当賞は最終選考時に「イノベーション賞」と賞名が変わったらしく、受賞はオートランスの「スフィア シリーズ1」となった)。
※チャペックの公式HP:https://www.czapek.com

GPHGの部門賞で特異な個性を持つモデルに授与されるのが「オーダシティ賞」だ(“audacity”とは大胆、豪放、図太い等の意味)。2023年の受賞モデル「ペルセ アジュール(Persee Azur)」は、メゾン アルセ(Maison Alcée)が発表した組み立て式テーブルクロック。“Persee”は“ペルセウス”、“Azur”は“紺碧”の意味で、完成品は写真のようにペルセウス星座を意識しアクセントにブルーを用いたクロックになる。調速脱進機構はあらかじめ完成状態で用意されているが、233個の構成部品中169個は所有者自らが組み立てるキットとして納品される。製造拠点はジュラ山脈のフランス側の町で、同国の時計産業地として有名なモルトー。フランスの時計製造と言えばパリやブザンソンの名前が挙がるが、この地は技術学校等の教育プログラムが充実しており、車で30~40分の距離にはル・ロックルやラ・ショー・ド・フォンが控えているので、人材や技術交流の面でも地の利がある。そのような環境に恵まれた地を拠点とするメゾン アルセの機械式組み立てクロックは、時計愛好家や模型ビルダー向けの趣味と教育を兼ねた本格的キットとして要注目だ。
※メゾン アルセの公式HP:https://www.maison-alcee.com
「第1次予選のためにリストアップされた時計の数ですか? う~ん、全部門合わせて100以上の時計はあったと思います。これらをすべて採点します。各時計に『これは5点、こちらは4点』と配点します。私の場合、候補時計の中には実際に実機を見ている場合も、そうでないものもありますから全候補時計を各時計会社のHP等でチェックしました。大変時間のかかる作業になりますが、7月の締め切り日までに済ませて本部へ送信します。すべての採点表が世界中の審査員から本部へ送られ集計された後、落選あるいは第1次予選通過が判明。こうして残ったモデルは1部門当たり6モデル。1部門6モデルということはあらかじめ決まっています」
毎年8月末頃に、我々メディアへは第1次予選を通過したノミネートモデルのリストが本部より送られてくるが、その前段階として以上のステップを経ているのである。
さて次の第2次予選が最終選考となり、この選考会が毎年11月にジュネーブで実施され、その3日後に発表・授賞式となる。ジュネーブでの最終選考会は、全世界に広がる1000人近いアカデミー会員(2024年には978人まで増員)から選ばれた、“jury”と呼ばれる最終審査員が担当する。なお、飛田さんがアカデミー会員となった2022年の最終審査員は、委員長を含み計30名であった。
こうしてアカデミー会員としての初仕事が終わった2022年の飛田さんだったが、翌2023年になると事態が大きく前進する。
それは2021年よりGPHG審査委員長を務める、ニック・フォークス氏本人からの直電であった。
取材協力:飛田直哉(NH WATCH) / Special thanks to:Naoya Hida(NH WATCH)
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