OMEGA宇宙映画の新たなる傑作「ファースト・マン」とスピードマスター

　サイエンスフィクション(SF)ではなく、リアルな宇宙飛行士を描いた映画の傑作として知られるのが、米国の有人宇宙飛行計画「マーキュリー計画」乗員に選ばれた7人の宇宙飛行士を描いたフィリップ・カウフマン監督の「ライトスタッフ」（1983年）、そして、月面着陸を目指すも酸素タンクの爆発で帰還が危ぶまれる中、奇跡的な地球への生還を果たしたアポロ13号を描いたロン・ハワード監督の「アポロ13」（1995年）がある。しかし、なぜか1969年に人類史上初の月面着陸に成功したアポロ11号の物語には、傑作と呼べる作品がなかった。ちなみにアポロ11号を題材とした映画には、イタリアで製作されたドキュメンタリー映画「アポロ11号・月面に立つ 宇宙0年」（1969年）や アメリカ製作の「アポロ11 史上最大のミッション」　(1996年)　などがあるが、あまり高い評価は受けていない。

　その空白を埋めるべくして誕生したのが2019年2月に公開された「ファースト・マン」だ。主人公はアポロ11号で月面に降り立ち「これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍である」という名言を残した宇宙飛行士ニール・アームストロング。演じるのはアカデミー賞6部門でオスカーを獲得した「ラ・ラ・ランド」に主演したライアン・ゴズリングである（彼自身は第89回アカデミー主演男優賞ノミネート）。そして監督は、その「ラ・ラ・ランド」の成功で一躍、脚光を浴びたデイミアン・チャゼルである。この最上のタッグにいやがうえでも期待が高まるが、「ファースト・マン」はミュージカル映画である「ラ・ラ・ランド」とはまったくタッチの異なる壮大な宇宙開発叙事詩とも呼ぶべき傑作である。

　しかし映画は単にアポロ11号の月面着陸成功という栄光だけを描くのではなく、その世紀のミッションに至るまでの10年間を、アームストロングの目を通して丹念にたどる。そして何よりも圧倒されるのは宇宙飛行のリアリティ。狭い空間に押し込められて味わう過激な振動と騒音、急激なＧ（重力加速）に痛めつけられる肉体と五感。その後、大気圏を脱出して宇宙空間に放り出されたときの開放感と浮遊感。まるでアームストロング飛行士と共に宇宙に飛び出したかのようなリアルな飛行体験が味わえるのが、この映画の何よりの特徴なのである。

　このドキュメンタリー・タッチの映画で、宇宙飛行士が着用してさりげなく登場するのがオメガのスピードマスターだ。今では人類初の月面探査に同行した唯一の腕時計ということに敬意を込め“ムーンウォッチ”と呼ばれるが、このモデルがNASAに選ばれたのは、実は想定外のことだった。

　オメガがスピードマスター初代モデルを発表したのは1957年。この時、オメガは本格ダイバーズ・ウォッチ「シーマスター300」と、高い精度と視認性を兼備する鉄道用腕時計「レイルマスター」という“マスター・コレクション”三部作（トリロジー）を発表した。この三部作のひとつとして誕生したスピードマスターだったが、その名称から当初はモータースポーツ用として開発されたモデルであったとわかる。ところが1962年に改良を受けた3代目モデルが登場すると、スピードマスターはオメガが想定していたのとはまったく違う方向へと走り出す。

　それがNASAの宇宙開発計画に用いられる腕時計への選定。当時、NASAは数社のクロノグラフを入手しテストにかけたが、これをクリアし最後に残ったのはオメガのスピードマスターだけ。最終テストにかけられた3社のモデル中、他の2社は途中で壊れ、わずかな誤差は生じたものの最後まで時を刻み続けたのはオメガだけだったという。この結果が発表されたのは1965年3月のジェミニ3号打ち上げ直前。以後、スピードマスターはNASAの公式装備品として採用され続けている。 だが、なぜオメガのスピードマスターだけが過酷なテストをクリアし、月に到達できたのか？　その背景にはオメガによる高度な時計製造技術と厳密な品質管理による高い信頼性があった。

　 スピードマスターは決して手作りの超高級時計ではない。ただ、オメガの持つ技術を存分に注入し、優れた基本設計をベースに高い精度と耐久性を目指して徹底的な品質管理のもとに生まれた信頼性の高いモデルであった。

　その証拠にスピードマスターの防水性能は50ｍ。スイスの公認クロノメーター検定試験も受けていない。だが現実にNASAのテストに合格したのはスピードマスターのみ。そこから、このモデルがあらゆる機能をバランス良く備えたモデルだとわかる。

　このNASAの選定後、多くの時計メーカーがアプローチし、実際に新たな公認モデル選定のためのテストも行われたという。しかし、いつも生き残るのはスピードマスターだけ。故に現在、米国、ロシア、日本、カナダおよび欧州宇宙機関 （ＥＳＡ）が運用する国際宇宙ステーションでもオメガのスピードマスターが公式装備品として採用されている。

　人間が月に行き、そこに降り立つ。“人類史上、最も危険なミッション”と言われたアポロ11号の偉業をニール・アームストロングというひとりの宇宙飛行士の視点から徹底したリアリズムで描いた「ファースト・マン」は、宇宙映画の新たな傑作と呼ぶにふさわしい作品である。